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第四章 ドレスの魔法 第一話

Author: 夏目若葉
last update Last Updated: 2025-04-03 19:06:00

「緋雪! 今週の日曜日、空いてる?」

 お昼休みに休憩スペースでコンビニの鮭おにぎりを頬張っていたら、麗子さんから声をかけられた。

「今週、なにかあるんですか?」

「うん。友達と行こうとしてたライブがあるんだけど。その友達、行けなくなっちゃってね。チケットがもったいないから一緒に行こうよ!」

 テンションの高い麗子さんを前に、眉尻を下げてペコリと頭を下げる。

「すみません、今週はちょっと用事があるんですよ。本当は麗子さんとライブに行きたいんですけど……」

 麗子さんと出かけるほうがどんなに良いか。

 どんなに楽しくて、気が楽なことか。

 聞けば、それは今人気のバンドのライブだった。

 ストレス解消にはちょうどいいのだけど。

「なんだぁ、緋雪もダメかぁ」

「ごめんなさい」

 シュンと肩を落として謝ると、麗子さんがクイっと口の端を上げて意味ありげに微笑んだ。

「何……緋雪、彼氏でもできたの?」

「いやいやいや、そんなわけないじゃないですか!」

 手をブンブンと横に振りながら、あわてて真っ向否定すると、麗子さんはケラケラと綺麗な顔で笑う。

 否定する自分が悲しいけれど。

「また、誘ってください」

「うん、また今度。その代わり、男が出来たら絶対言いなさいよ?」

 せっかく先輩が誘ってくれたのに、それを無下に断る後輩でごめんなさい。

 それもこれも全部、気まぐれイタズラわがままっ子のせいなんです!

 ――― 時は、昨日の夜にさかのぼる。

 私が仕事から帰ってきて、家でホッと一息ついたのもつかの間。

 スマホに、宮田さんから着信があった。

 どうしたのかと、自然と眉間にシワを刻みながらも静かに通話ボタンを押す。

「もしもし」

『あ、もしもし。朝日奈さん?』

 一週間ぶりに聞く、彼の声。

 そう、あの日……

 告白だのキスだのと、幻聴とか幻影に一気に襲われたあの日から、会ってもいないし電話もしていなかった。

 デザインの進捗は気になっていたし、それは仕事として確認しなくてはいけなかったけれど。

 あれがまったくの幻だったとは、やっぱり思えない。

 どう考えてもあれは夢や幻じゃなくて現実だった。

 それをただ認めたくなくて、私は幻だったと思いたいだけなのだ。

 仕事をする上で、彼を無視するのもそろそろ限界だなと思っていた矢先。

 おそるおそる電
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    「緋雪のスベスベな肌は、僕のものだから」 「へぇ……昴樹くんはもうすでに知ってるんだ? 肌がスベスベだとか、ふたりは互いに知る仲なんだね。パーティで会ったときはまだみたいだったのに」 「知ってる。緋雪は全身綺麗な肌なんだよ」 目の前で繰り広げられるふたりの会話が、なんだか生々しく聞こえて恥ずかしくなる。  私はうつむいて自分の顔が赤いのを誤魔化した。「僕の恋人にちょっかいを出すな。いくら岳でも、それだけは絶対許さないから」 宮田さんの言った“恋人”という言葉に、心が震えた。  彼はきちんとその認識でいてくれていたのだ。  私のことを、恋人だと ――――「昴樹くん、ごめん。朝日奈さんもごめんね。やり過ぎたかな?」 二階堂さんは両手を合わせながら、バツ悪そうにペコリと頭を下げる。「あれは……妬かせるためにわざとやったから。でもね、さっきのは昴樹くんも悪いよ? 恋人の朝日奈さんを放ってモデルの子とあんなとこでコソコソと」 「いや、あれは……」 「こんなに猛烈に妬くほど好きなんだったら、彼女のこと、泣かすようなことしちゃダメだろ」 ………二階堂さん。「心配しなくても、俺は明日アメリカに帰るから」 ふたりとも仲良くね、と告げつつ二階堂さんは私たちに背を向けて立ち去ろうとする。  そんな彼に、ちょっと待ってと宮田さんが声をかけて引きとめた。「緋雪……本当に言わなくていい? 岳に伝えたいなら今しかないよ?」 引き止められた二階堂さんは、なにを?といった表情で私たちを見つめていたけれど。  私には宮田さんがなにについて言っているのかすぐにわかった。  彼に、八年前の想いを伝えるなら、チャンスは今しかないと言いたいのだろう。  無言で宮田さんを見つめると、彼の漆黒の瞳の奥に、切なさが混じっていた。「二階堂さん、私……」 宮田さんに促されるままに紡ぎ始めた言葉は、そこで一旦途切れた。  彼に対してなにを伝えたいのかと、心の中であらためて自問する。  そして、出た答えが……。「八年前に、あなたを街で見ました」 「……え……?」 「モデルの二階堂さんをチャペルで見かけたのがきっかけで、あなたに憧れて私はブライダル業界に就職しました。仕事はそれなりに大変ですがとても楽しいです。そして……二階堂さんに八年ぶりにまた逢えて、懐かしかった

  • 解けない恋の魔法   第八章 サイアク 第七話

     突然のその行動に私の心臓が跳ね上がったのを無視するように、二階堂さんは繋がれた私の両方の手を意味ありげに器用に触る。  彼にとっては、そんなことはなんでもないことなのだろう。  飄々とした表情だ。ただ、色気は漏れているけれど。「えーっと……どうしようかな。さすがにキスまでするとマジで昴樹くんにグーで殴られる気がするしねー」 「え?!」 チラチラと、私の後ろの方角……つまり宮田さんを気にしながら口にした彼のその言葉に驚いて目を丸くした。「抱きついちゃおうか。でも……それじゃ弱いかな。あ、ほっぺにキスがいいか」 本当になにを言ってるんだろうと距離が近い彼の顔を見上げると、ニタっとイタズラな笑みを浮かべている。  いったい……なにを企んでるんですか。「ちょっとだけ我慢してね」 色気を含んだ声色で耳元に唇を寄せてそう囁かれると、一瞬で全身が硬直した。 二階堂さんは間違いなくイケメンだし、しかも私が八年前に一目見ただけで憧れた人だ。緊張するのは当たり前。  自分自身にそう言い訳する暇もなく、右の頬に二階堂さんの唇の感触がした。  そのまましばし、時が止まる。  いきなりなにをするのかと声にも出せずに驚いていると、「作戦成功」と、やっと唇を離した二階堂さんにしたり顔で微笑まれた。「ふたりとも、ちょっと来て」 後ろからそう声がしたと思ったら、宮田さんが私と二階堂さんの繋がれた手を引き離し、私の手首を掴んだまま外の廊下へとずんずん歩いていく。  先ほど二階堂さんが私にした行為をしっかりと見ていたのだ。  だからこんなに彼の顔が険しいのだと、想像がついた。  二階堂さんが宮田さんをこっちに来させればいいと言った意味はこれだったんだ。  だからってなにも怒らせなくても……と思ってしまう。  宮田さんは私の手を強引に引いて、自販機のある小さな休憩スペースに誰もいないことがわかると、そこで歩みを止めた。「岳、さっきのはなに?」 今まで聞いたことのないようなイライラとした彼の声に、一瞬ビクっと肩が跳ねた。  素直に私の後ろに続いて歩いてきた二階堂さんを振り返ると、まだイタズラな笑みを浮かべている。「さっきの? うーん……朝日奈さんの手がさぁ、握ってみるとやわらかくて。サラサラでスベスベの綺麗な肌してるんだよね。だからつい頬につい……」 

  • 解けない恋の魔法   第八章 サイアク 第六話

    「そう? 昴樹くんが好きなのは朝日奈さんなのに。そんなの、誰が見たってわかるよ」 「……」 「昴樹くんさ、あのパーティでも必死だったじゃん」 そうか……考えてみたらあのパーティには、二階堂さんもいたんだ。  私の醜態をこの人にも見られてたのかと思うと、途端に恥ずかしくてたまらなくなった。「パーティでは……すみませんでした。恥ずかしいので、できればもうその件は触れないでください」 「あはは。朝日奈さんってかわいいね。昴樹くんが惚れるのもわかる気がする」 私がおどおどしたのがおかしかったのか、二階堂さんは途端に愉快そうに笑った。「あ。俺と今……目が合ったよ」 私同様、二階堂さんも宮田さんと目が合ったらしい。  だけど私はもう、後ろを振り返れない。「大丈夫。呼んでくるから待ってて」 「いえ! 本当に結構ですから!」 私の横をすり抜けて行ってしまいそうな二階堂さんの腕を必死に掴んで、それを引き止める。「どうして?」 二階堂さんは心配そうに私の顔を覗き込むと、ポツリとそう尋ねた。  ――― どうしてって……  あのモデルの女性から、彼を無理やり引き剥がして自分の元へやって来させるのも気が引ける。  私はそれでなにがしたいっていうのか。  私の恋人とイチャつかないで!と、彼女を睨みつけるの?  それとも、私だけを見てと彼にすがるように纏わりつく?  そんなのどっちも私らしくないし、両方やりたいとは思わない。「私ともさっき目が合ってるんです。でもすぐに気づかないフリをされました」 「へ?」 「私も特に用事があるわけではありませんので、このまま失礼します」 泣きそうな声でなんとかそう訴えてるのに、二階堂さんは再び私の腕を掴んで離そうとしてくれない。「悪いほうに考える気持ちもわかるけどさ。俺は……パーティでの昴樹くんが本物だと思うよ?」 「……ありがとうございます」 私を気遣うやさしい二階堂さんの言葉を耳にすると、余計に泣きそうになる。  だけど、こんなところで泣いちゃいけないと必死に涙をこらえた。「そうだ! 俺が呼びに行くのが嫌なら……昴樹くんのほうからこっちに来させればいい」 「え?」 「賭けてもいいよ。絶対昴樹くんは飛んで来るから」 なにを言ってるのだろうと首をかしげていると、二階堂さんは私の両手を取って身体を

  • 解けない恋の魔法   第八章 サイアク 第五話

     きっと仕事の話をしているんだ。  なにも私がこんなことでヤキモキする必要なんてない。  そうは思うけれど、胸の奥がキリキリと痛み始める。  嫌な予感がして仕方がない。  だって仕事の話ならば、あんな薄暗いところでふたりで話す必要なんてない。  一方で、そう冷静に分析してしまう自分もいるから。  宮田さんがなにか言葉を発したと思ったら、女性の肩に右手を置いて距離を詰めた。  これ以上見てはいけないと思うのに、そこから足が動かない。  そうしてじっと見入るうちに、宮田さんが視線を何気なくこちらに向けて…… 私と、――― 目が合った。 彼はすぐに私に駆け寄って来てくれる。  そう思っていた私は、自惚れていたのだろうか。 彼は再び、なにも見なかったかのように、視線を女性に向けなおした。  その瞬間、私は踵を返してくるりと彼に背を向ける。  今のはなにか幻でも見たのだと、そう思いたかった。  だけど自分の目で確認したのだから、それが疑いようのない現実だし……。  ごちゃごちゃと整理のつかない感情が、私の心をかき乱して爆発寸前だ。  早くここから立ち去ろう。落ち着け!  人の波をよけるように歩いていたつもりだったのに、数メートル歩いたところで、目の前に人が立ちふさがって私の歩みを止めた。「あ、すみません。通してください」 その人の顔も見ずに、俯いたままそう呟く。「あれ……たしか、朝日奈さん……だよね?」 自分の名を呼ばれたことに驚いて顔を上げると、私の目の前に居た人は………二階堂さんだった。「昴樹くんに会うなら方向が逆だよ。あっちあっち」 爽やかな笑顔で私の背中の方角を指さす彼に、私は苦笑いすら返せない。「いえ……いいんです」 「ん? どうして? ……なんでそんな泣きそうな顔なのかな?」 二階堂さんにそう言われ、初めて自分が今泣きそうになってることに気がついた。  私はどうしてこんなことくらいで……。  泣きそうになるなんて、子どもじゃあるまいし。「あー……原因は、アレか」 どうやら二階堂さんも、宮田さんの姿を見つけたらしい。  心底困ったような笑顔を私に向ける。「あのモデルの子、まだ若いね」 若くて美人。このステージ裏のエリアにいるモデルの女性は、そんな容姿端麗な人ばかりだ。  だけどそんなことでさえ、

  • 解けない恋の魔法   第八章 サイアク 第四話

    「彼女、今日もどこかにいるから。気をつけてね」 「はい。お気遣いありがとうございます。でも私、まだ仕事の途中ですのでこれで失礼します」 「え? ショーは見て行ってくれないの?」 「すみません。すごく残念なんですけど」 「でも、彼には会っていくでしょ?」 その問いかけには、「少しだけ」と、照れながらゆっくりと頷いた。「今日は彼には助けてもらって感謝してるよ。モデルのそばでアシスタントをしてもらってるんだ」 「そうなんですか」 「考えてみたら贅沢だよね。彼にアシスタントをやらせるなんて。だって彼……最上梨子だよ?」 そんなことをポロリとこぼす香西さんをよそに、周りに聞いてる人がいないかとドキドキしてしまう。「宮田さんは、香西さんを慕ってて……尊敬しているみたいですから」 「僕も彼は好きだよ。でも、そっちの気は一切ないから安心して?」 思わず例の“ゲイ疑惑”を思い出して、噴出して笑ってしまった。  本当はゲイではなく……兄と弟みたいに仲が良い関係で微笑ましい。「そういえば宮田くん、最近なにかあった?」 「え?」「今日会ったらすごく楽しそうでイキイキしてるし。彼のデザイン画を何枚か見てほしいって頼まれたんだけど……めちゃくちゃパワーアップしてたからさ」 顎をさすりながら、香西さんがうれしそうにそう言う。  だけど、私にその理由を聞かれてもわかるはずもなく、首をかしげて話の続きを待った。「前から彼の才能は認めてるというか、感服するものがあったけど。今日ほど彼の才能を素晴らしいって思ったことはなかった」 「……」 「朝日奈さんが影響してるのかな?」 「え?!」 私はなにもしていない。本当ならもっと、依頼したブライダルドレスの為になにかしてサポートしなければいけないくらいなのに。「今日確信したよ。最上梨子はもっともっとすごいデザイナーになるって」 「……」 「朝日奈さんが彼の傍にいてくれればね」 俺もウカウカしてられない、って香西さんが冗談めかして笑った。 香西さんから「宮田くんはあの辺りにいるはずだから」と教えられた方角へと足を向けた。  人がたくさん居て、ざわざわとしているエリアだ。  本来は仕事をしている人たちの邪魔になるから、あまり立ち入ってはいけない場所だと思う。  キョロキョロと視線を彷徨わせて彼の姿を探

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